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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)358号 判決 1964年5月06日

控訴人

中島徹

被控訴人

大成建設株式会社

代理人

杉下裕次郎

関根俊太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決を取消す。被控訴人が昭和三五年一二月二〇日山一証券株式会社に対し発行した三二〇万株の新株発行はこれを無効とする。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否、援用は次のとおり附加するほか原判決事実摘示欄に記載するところと同一であるからこれを引用する。

(証拠省略)

理由

一、被控訴人の本案前の抗弁についての当裁判所の判断は原審の判断と同一であつて、控訴人は本訴を提起するについて当事者適格を有すると認めるものであつて、その理由は原判決の理由に示すところと同一であるからこれを引用する。

二、控訴人は被控訴会社が山一証券株式会社に新株引受権を与えるについて商法第二八〇条の二、第二項の手続を履践しなかつたから、被控訴会社が昭和三五年一二月二〇日山一証券株式会社に対し発行した三二〇万株の新株の発行は無効であると主張する。

被控訴会社が、昭和三五年八月二五日の取締役会において、新株発行に関し、新株二、八八〇万株は株主に割当て、三二〇万株は公募により、発行することを定め、同年一一月二八日の取締役会において、公募の新株三二〇万株は一株金四〇〇円ですべて山一証券株式会社に買取引受けさせ、その払込期日を同年一二月二〇日とする旨決議し、同年一二月二〇日新株三二〇万株を同証券会社に発行したこと、右新株の発行について、株主総会の特別決議および株主総会において取締役が株主以外の者に新株引受権を与える理由の開示をしていないことは当事者間に争がなく<証拠>によれば、被控訴会社は昭和三五年一一月二八日山一証券株式会社と右新株三二〇万株の買取引契約をなしたことが認められる。

そして、同号証によれば、右買取引受契約において、被控訴会社が発行する新株のうち、三二〇万株を山一証券株式会社が一株につき金四〇〇円の割合で一括して買取引受け、かつこの株式を一般に売り出す(売出の要領、売出価額一株につき金四〇〇円、売出株数の単位五〇〇株またはその倍数、売出期間は昭和三五年一二月一四日から同月一六日まで、受渡期日同年一二月二三日)。山一証券株式会社は株式に対する申込証拠金として昭和三五年一二月一九日でまに指定の払込取扱場所へ、一株につき金四〇〇円を払込む。なお、被控訴会社は引受手数料として一株につき九円を支払うことが約定されたことが認められる。

そうすると、右買取引受契約によつて、被控訴会社は山一証券株式会社に対し約定数までの新株を発行する義務と、定められた引受手数料を支払う義務を負い、山一証券株式会社は買取引受義務、売出義務を負うものであつた。

右買取引受義務の内容は如何なるものであるかは約定書(乙第一号証)によつては明かではない。先ず一般的に買取引受の場合には、証券業者は約定の新株を自己名義で一括して引受け(発行会社に対し、自己名義で株式の申込をなし、証券業者が原始株主となる)、この株式を売出す(証券業者が、一旦、原始株主となつた上で、応募者に対し、その株式を裏書譲渡するもので売れ残り分については証券業者が引受ける義務を負うものとされるから、右の買取引受契約においても右の様な方法によることを前提として契約がなされたものと認めるのが相当である。このことは<証拠>によつてもこれを認めることができる)。

しかし、他面買取引受において、応募者の有無にかかわらず、証券業者は約定数の新株を引受ける権利を有し、発行会社としては、新株を割当、発行する義務を負うものであろうか。この点についても約定書(乙第一号証)によつて必ずしも明かではないが、特別の留保がないかぎり、引受義務を負うということはこれに相応する株式の割当、発行をなすことを前提としているものと考えられるところであるから証券業者は発行会社に対し、約定数までの新株の割当、発行を求めることができるものと認められなければならない。従つて、買取引受契約により発行会社においてかかる拘束を受けるものとすれば(単なる請負募集となすことはできないし、又この場合発行会社は割当の自由はないことになる)、証券業者は結局他の者に優先して新株を引受ける権利を有するものというべきである。そうすると商法第二八〇条の二、第二項にいわゆる「株主以外の者に新株の引受権を与える場合」に該当するものといわなければならない。

山一証券株式会社においては昭和三十五年一二月一四日から同月一六日までの売出期間内に引受新株全部を売りつくしてしまつたと主張し原審証人松沢助次郎、同星光一はこれに副う供述をしているが、<証拠>に対比して必ずしも信用できないし、仮りにこれが認められるとしても右買受契約において証券会社に新株引受権が付与されたか否かが問題なのであつて、右の事実によつて商法第二八〇条の二、第二項の適用を排除するものではない。

しかし、右のとおりであるとしても、商法第二八〇条の二、第二項の法意は新株の発行価額の公正を保障するにあるから、公正な価額で売り出された場合には同条の適用がないのではないかという疑問もあるが、同条は右のほか、第三者に優先的に新株の引受権を認める場合は、当然には新株の引受権を有しない従前の株主の利益を侵害する(当該新株の発行を受けることから排除される)結果を生ずるのでこれを保障することを目的とするものであるから売り出し価額が公正であるか否かによつて、ただちに同条の適用がないものとすることはできない。

したがつて、被控訴会社の取締役会が商法第二八〇条の二、第二項の手続を履践することなく、山一証券株式会社に対する前記買取引受契約による新株引受権の付与は違法である。

しかしながら、右手続を履践することなくして、新株の引受権が付与されたとしても、すでに新株が発行されてしまつたならば、その新株の発行自体は無効とはならないと解すべきである。現行商法においては、元来新株の発行は定款に特別の定めがないかぎり、取締役会が決定し得べき事項であつて、右株主総会の決議は取締役会が権限を濫用することを防止するための対内的要件にすぎないし、又株主は当然に新株の引受権を有するものでなく、右規定に違反して第三者に新株の引受権が与えられたとしても、間接にその利益を侵害せられることは格別、株主の新株引受権を侵害するものとはなし得ない。しかも、一旦発行された新株を無効とすることは、取引の安全を害することが非常に大きい。新株が発行され会社が拡大された規模において活動を開始すれば、これと取引をする者は、その規模を信用して取引をするのであるから、その後において、新株の発行が無効とせられるならば、実質において資本の減少がなされたと同じ結果となつて、会社債権者の利益を害するおそれがあり、また発行された株式が輾転流通した後において無効とされることは株式の円滑な流通を阻害することが極めて大きいものがあり、他面、株主において商法第二八〇条の一〇の規定により新株式発行前において違法な新株式の発行を防止するための有効な手続をとりうべく、新株式発行後においては場合により、当該取締役に対し同法第二六六条の三の規定により損害賠償の請求をなし得るほか、当該取締役または新株を引受けた第三者において同法第二六六条第一項第五号または同法第二八〇条の一一による責任を会社に対して負担する結果株主の利益を直接間接に保護せられているものといわなければならない。したがつて、この点より考えても一般取引安全の犠牲において同法第二八〇条の二、第二項の規定に違反し発行せられた新株式を無効であると解することを得ないことは明かである。

そうすると、控訴人の本訴請求は失当として棄却した原判決に結局正当であるから民事訴訟法第三八四条により、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官牧野威夫 裁判官満田文彦 浅賀栄)

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